ξガリとわきげξ

世界樹の迷宮の妄想を垂れ流したりします

【狂者の夜】

「偵察おつ~。どうだった?」

 

 《ラクリッツ》のギルドハウスへ戻った『解体の外科医』を、『毒剣の死舞』は眠そうに目を擦りながら、その引き締まった肉体を一切隠すことなく出迎えた。『毒剣の死舞』の腕には真新しい自傷の痕が幾つかあったが、それが自殺を目的としたものではないと、とうに知っているというように、『解体の外科医』は冷ややかに目を細めた。
「君またカルト君をオカズに幻覚毒ミラージュバイトでトリップしてたの?」
「うん! カルトちゃんマジ健康に効く~」
「まぁいいけど……。さすがに公宮の中へは侵入できなかったけど、だいぶ長い話をしていたようだったよ。あれは、十中八九僕らのことを調べ始めたね。ツュクラ君の結界をもってしてもアーベント君に感づかれちゃった僕も悪いんだけど。……とはいえ、確信には至ってないだろうね。《シュムック》の死因がバレたとしても、疑われるのは状況的にカルト君だろうし」
 『解体の外科医』が爽やかに笑うと、『毒剣の死舞』は『解体の外科医』の腕を掴んで食って掛かった。
「え~!? それは困るよ! カルトちゃんが逮捕でもされちゃったら、俺もうあの子と愛し合えないじゃん~!」
「じゃ、公宮が先走らないことを願うしかないねえ。……あぁ、そういえばさっき、カルト君いたよ。ヴァルム君も一緒だったけど」
「えっ!? 昼間はカルトちゃんいなかったって言ったじゃん! 何だよも~……遠くから眺めるだけでも絶頂エクスタシーできたのに……あ、腕の治療して」
「やだめんどくさい」
 『毒剣の死舞』が幻覚毒で傷だらけの腕をぶらぶらさせながら差し出すと、『解体の外科医』は回復薬メディカを彼の頭へ雑に投げつけた。ぶーぶーと口を尖らせながら、『毒剣の死舞』は腕に回復薬メディカを塗りたくる。
「あ、でもこれヌルヌルしてイイかも……❤」
「はいはい、ここで絶頂エクスタシーしないでね。後片付けするホルテンさんが大変なんだから」
 ぞくぞくと身を震わせる『毒剣の死舞』へ、『解体の外科医』は苦笑しながら話を続けた。全裸である点については、今更つっこむつもりもないらしい。

 

「でも、多分、向こうは僕らが動かない限り何もしてこないよ。彼らは情に厚いからね。他の冒険者の善性を信じたいだろうし、人を殺したいとも思っていないだろう」
「だろうね~。……でなかったら、今頃俺は、あの王子様に殺されてる。麻痺毒ショックバイトを受けても立ち上がったんだ、そのまま手に持った剣で俺の首を撥ねることだってできただろうに……パンチ一発で済ませてくれたんだもの」
 『毒剣の死舞』は目を細めて笑う。彼の甘さを嘲笑うかのように。
「カルトちゃんはそういうところに惹かれてるんだろうなぁ……。羨ましいなぁ……」
 はぁ、と悩ましげに『毒剣の死舞』は息を吐く。だが、次の瞬間――
「王子様がカルトちゃんにとって魅力的であればあるほど――愛し合う楽しみも大きくなるんだけどね……♪」
 彼は自身の両腕を抱え、蕩けた表情を浮かべた。
「あはは、君は本当にどうしようもないねえ」
「だって、あの子、お姉ちゃんでしかも恋人がいるんだよ? しかも弟は二歳年下で闇狩人ダークハンターって、これはもう完全に運命でしょ!」
 爽やかに乾いた笑いを浮かべる『解体の外科医』へ、『毒剣の死舞』は運命を力説する。その姿に、あぁ、と『解体の外科医』は手を叩いた。

 

「そういえば、君にもお姉さんがいたんだよね。――二歳年上の」

 

「そうそう。俺、姉ちゃんが好きだったんだよ。世界で一番、愛してた……。……結局、婚約者のところへ行っちゃったんだけどさ」
 『毒剣の死舞』は、どこか遠くを見るように、目を細めた。
「それで君は、恋人のいる女の子や、『姉』という存在を寝取る悦びに目覚めてしまった、と……。いや、変態ここに極まれりだね」
「愛って言ってよ。……その中でもカルトちゃんは完璧だよ。お姉ちゃんで、王子様がいて。最初は顔立ちの整った男かと思ってたけど、女の子だって暴いたときのギャップがたまらなかったね。完全に『女の子』の反応になって、何度も何度も王子様の名前を必死で呼んでさ……ゾクゾクしちゃった。あぁ、思い出したらまた……❤」
 体中からあらゆる体液を流しながら、『毒剣の死舞』は恍惚に身体を震わせた。
「僕はそういう感覚わからないから、ある意味羨ましいねえ。僕なんか、研修医時代に先生の医療ミスで死んだクソ親――、……患者の苦しむ様に滅びの美を見出して、この道に入ったってだけだから」
「いやあんたも充分異常だってば!」
 『毒剣の死舞』のゲラ笑いツッコミをリビングに響かせながら、彼らの狂った夜は更けていく。

 


 後の『毒剣の死舞』の報告書は、殆どがこれまでに書かれた『影の狙撃手』の報告書を書き写しただけだったが、最後にこう書き加えられていた。

 


 あの凛々しい見た目と、鎧を剥いだときの弱々しさのギャップがたまらない。
 二歳下の闇狩人の弟がいるお姉ちゃんなところも最高。
 愛し合う王子様がいるのに、未だ乙女らしいところも。

 

 理想の女性に出会えたのは、人生で二度目だ。
 早くどろどろのぐちゃぐちゃにしたい。

 

 絶 対 に 、 俺 の も の に す る 。

 


 4章3節 闇よりの足音 完