ξガリとわきげξ

世界樹の迷宮の妄想を垂れ流したりします

【執着】

 《ラクリッツ》のギルドハウスへと戻ってきた『毒剣の死舞』は、『影の狙撃手』の調査書を取り出し、ぺしぺしと叩いた。

 

「さて、と。影のシャドウ……っと、ホルテンさん。……あんた、この調査漏れをどう弁明するの?」
「なんのことだ」
「とぼけたって無駄だよ。報告書には、カルトちゃん姉弟のことを『兄弟』って書いてある。でもさ……あんたの調査力と推理力なら、カルトちゃんが女の子だってことくらい、すぐに分かったはずだよね?」
「さあな。カルト=ネーベルは、普段から性別の分かりづらい衣服を着ていることが多い。ギルドハウスの中ではどうか知らんが、外ではそのスタンスを崩していなかった。俺とて、見抜けんこともある」
 『毒剣の死舞』は『影の狙撃手』の前に立ち、爬虫類のような琥珀色の目で、彼を、じぃ、と見つめた。『影の狙撃手』は、やましいことなど何もないというように、目を逸らさずに睨み返す。
「ふーん、あっそ。じゃあ、そういうことにしといてあげる」
 やがて、『毒剣の死舞』は彼から離れ、ぱぁっと笑顔を浮かべた。
「それじゃーさぁ、調査対象替えてよ。俺、カルトちゃんと……あと、なんだっけ、バル……バルボ君?のこと、調べるから。ホルテンさんは、お侍ちゃんと遊楽者バードちゃんのこと調べといて」
「……また適当な事を書くなよ」
「おまいう~」
 『毒剣の死舞』はげらげらと笑いながら、おやすみ~と手を振りながらリビングを後にした。

 

「ホルテンさん……ちょっとお話良いですか?」
 『毒剣の死舞』と入れ違うようにして、衛生士の青年が『影の狙撃手』へ声を掛ける。
「マイグレック……。……手短に言え」
 『影の狙撃手』は、『解体の外科医』へ目線を合わせぬまま、銃を下ろす。
「《ラクリッツ》って、異名や偽名で呼び合う程度には、メンバーと距離を取り合ってるでしょ? でも僕ねえ……大事な仲間のことですから、もっとちゃんと知りたくなっちゃうんですよ。ギルドメンバーは、家族みたいなものですから」
「……………………」
 小馬鹿にしたように『大事な仲間』『家族』という言葉を使う『解体の外科医』へ、『影の狙撃手』は不快そうに眉根を寄せた。
「特にあなたは、ツュクラ君と同様に、僕と同じ牢に囚われていた同士だから。なんで犯罪者になったのか、勝手に調べちゃいました」
「貴様……!」
 『影の狙撃手』は、下ろしていた銃を『解体の外科医』へ向ける。だが、『解体の外科医』は、爽やかな笑みを浮かべながら続けた。
「あなた、ただの猟師だった頃に、奥さんと、奥さんのお腹の中のお子さんを亡くしてるんですよね。それも、奥さんを女好きの領主に無理やり奪われたせいで……。それで、あなたは復讐のため領主館に乗り込み、護衛ごと領主を銃殺。大量殺人の罪で逮捕されていた、と。いや、お可哀想に」
 本当にそう思っているかも怪しいような、芝居がかった言い方で、『解体の外科医』は大げさに肩をすくめながら、『影の狙撃手』の周りをコツコツと歩く。
「……………………」
「……それと、《シュムック》を処刑する前、あなたは他のメンバーについて尋ねていましたが、あれはカルト君たちを案じていたんですね? シュベルト君の発言から、彼女たちの身に良くない何かがあったことをあなたは察した。それも、シュベルト君たちのせいで。女性への暴力を嫌うあなたが、サニー君への辱めを止めなかったのは、その恨みもあったんですかね? 遺体をサラマンドラの部屋へ置いた後、あなたはなかなか戻ってきませんでしたが、もしかしたらあなたは、カルト君たちの救出に行っていたんじゃないか……なんてね。あなたは恐らく――」
「黙れ。それ以上詮索すれば撃つ」
 『影の狙撃手』が、歯を食い縛る。銃を持つ手に力が入ると、その掌から血が滲み出た。
「ま、ナルツィッセ君にカルト君の性別を教えたくなかった理由は、道徳観や倫理観のない僕にもなんとなく分かりますよ。ヴァルム君と恋人同士だと思ったのなら、尚更ね。でもね……」
 やがて、その足は『影の狙撃手』の前で止まる。
「我々は等しく殺人鬼だ。そこに動機なんて関係ない。……『守りたい』私情は、挟んではいけない。あなたはもう、光の道には、戻れないんだ」
 囁くように告げると、『解体の外科医』もまた、その場を去っていく。
「……わかっているさ……そんなことは」
 独り残された『影の狙撃手』は、その場で黙々と、銃の手入れを始めた。

 


「……えへっ、えへ、あはは……。カルトちゃぁん……❤」
 明かりもつけていない寝室で、夜の闇よりも暗い、『毒剣の死舞』の漆黒のシルエットが浮かぶ。彼はベッドの上で一人、下半身を揺らしていた。
 ベッドの下には彼の衣服が脱ぎ捨てられており、その両腕には、付けたばかりらしい、真新しい無数の切り傷が刻まれている。シーツの上は、既に血と――汗と、涎といった、彼のあらゆる体液に塗れていた。
「はあぁ、あぁ、カルトちゃん、カルトちゃん、……カルトちゃん……!」
 一際激しく痙攣すると、彼はベッドの上に両腕を下ろした。

 

「……幻覚でトリップするのもいいけど、これだとカルトちゃんしか脳内に出てこないのが欠点だなぁ」

 

 現実には、幻覚毒などでは得られないスパイスがある。彼女が何度も名を呼んでいた、あの男。彼が、必要だ。

 

「あの王子様の見ている前で……君に、俺の愛をたっぷり注いだら、君はもっと綺麗になれるよ。カルトちゃん……」

 

 うっとりを目を細めながら、『毒剣の死舞』は己の汚れ切った手を眺め、そして糸が切れたように眠りに就いた。