ξガリとわきげξ

世界樹の迷宮の妄想を垂れ流したりします

【ギルドハウス】

「戻ってきたわね、地上に。……気を張り詰める必要がなくなったから、少し元気が出てきたみたい」
 樹海磁軸を伝い、街の入り口に戻ってきたルスティは、久方ぶりの地上に目を細めた。その視線は少し遠く、迷宮の中の出来事を思い出しているかのようだった。
「ワタシ、先に冒険者ギルドに行ってくるわ。……っと、冒険者登録や加入手続きが必要だから、フォルちゃんには特に来るように言っておいてね」
 ルスティは肩に掛かった髪をかき上げながら、力なく笑った。
「まあ、良かろう。……伝言を終えたら、我は好きにさせてもらうぞ」
 武具の補修が必要だからな、と言いながら、サクラはルスティを見送った。《ベオウルフ》の遺品の入った袋を抱えるルスティの目端から、光るものが零れ落ちると、サクラは瞼を伏せた。

 

 

 冒険者ギルドに到着したルスティは、ギルド長のマリオンに挨拶をした。兜越しに、彼女の厳しい視線がルスティに向けられる。
「ああ、ルスティか。生きて戻って来られたようで何より。……で、他のメンバーは?」
「大丈夫、みんな無事どころか一人増えたわ」
「増えた……? お前、また脱法冒険者を仲間に入れたのではあるまいな」
「うぅん……脱法といえば脱法かも……? あ、後でちゃんと登録しに来るから! おほらないれ~!」
 挨拶代わりに籠手越しに頬を抓られたルスティは、呂律が回らず、涙目になる。
「ほ、ほれより、……マリオンさんに渡しておきたいものがあって……」
「む……」
 ルスティの声が震えると、マリオンは何かを察したように、その手を緩める。ルスティが麻袋をカウンターに置くと、マリオンはそっと中身を確認し、その内容に目を伏せた。
「……そうか。彼らは、やられたか……」
 鉄の匂いの残るそれが《ベオウルフ》の持ち物であると察したマリオンは、微かに兜を俯けた。ルスティも目を伏せ、唇を噛み締めて涙を堪えている。
「ご家族がいるなら、遺品だけでも引き取ってもらえればと思うんだけど……」
「うむ……難しいな」
 マリオンは腕を組みながら続けた。
「彼は元々、家を飛び出し一人で旅をしていたらしく、登録時にも生家のことなどは何も明かさなかった。その名やギルド名から、竜殺しの家系の人間なのではないかと憶測はあるが、確かなことは……」
「……そう……」
 遺品があっても、それを受け取る者はいないという。ルスティは寂しそうに眉尻を下げた。
「遺族が来ないとも限らないので、一先ずはギルドで預かっておこう」
「うん……お願いするわ」
 ルスティが肩を落としながら頷くと、兜の中から、ふぅ、と息を吐く音が響いた。
「だが……そうだな。お前が、世界樹での冒険を終えても、まだこの遺品がここに残っていたら、その時は……」
「え?」
「いや……何でもない。ともかく、届けてくれて感謝する」
 マリオンがルスティの肩へ手を置く。けれど、その手にいつかのような圧はない。優しく労わるように置かれた手に、ルスティは俯きながら、何度も頷いた。

 

 その後、交易所へ行ったサクラを除く残りのメンバーが遅れて冒険者ギルドに現れた。その頃には、ルスティもいつもの調子に戻っており、「ここよ~」と彼らをデスクへ誘う。
 ぞろぞろと彼らが中へ入ると、テーブル席で屯していた冒険者たちがぎょっとして立ち上がった。彼らの視線は一斉に、《ステルンツェルト》の中に一人混ざっている猩猩ゴリラに向けられていた。
「ス、《ステルンツェルト》……彼は一体……?」
「あはは、やっぱりびっくりするわよね~」
 これにはさすがのマリオンも驚きを隠せず、引き攣った声で大猩猩の紹介を求めた。その様子を見て、ルスティは楽しそうにからからと笑う。
「はい! 彼女はぼく達の新しい仲間の、フォルティアさんです! これまでにも動物をメンバーにしていたギルドがありますし、大丈夫ですよね?」
「ウホホ?」
「あ、あぁ……か、彼女か。失礼した。動物……動物な。一応、ペットとして登録は可能だが……猩猩ゴリラは前代未聞だな……。君、文字は書けるか? 不可能ならば、他の者に代筆してもらうことになるが……」
 さりげなく『彼女』であることが判明したフォルティアへ、少し疲れた様子で対応しつつも、マリオンは的確に冒険者登録と加入手続きを求める。今はまだ書けないようなので、と、アーベントが彼女に代わり、手続きを進めた。

 

 

「キマイラが復活していたことは、この老体も衛兵から聞いておったが、まさか倒してしまっておったとは! そなたらの見事な働き、この老体は感激しておるぞ!」
 《ステルンツェルト》はキマイラ討伐の報告のため、ラガード公宮を訪れた。持ち帰ったキマイラの部位を見た按察大臣ダンフォードは、一行を称賛し、報酬を手渡した。
「《ベオウルフ》の事は、残念であったが……そなたらには、これからも彼らの分も活躍してもらいたい。その意味も込めて、彼らの受けたミッションの報酬分も受け取っておいてほしい」
 一行は瞼を伏せたが、すぐに強い眼差しで大臣に応えた。
「よろしい! 此度の働きを賞して、そなたらにギルドハウスの使用を許可しよう。それも、《エスバット》と同じ一等地のな。なに、キマイラを倒してくれた礼じゃよ」
 それを聞いた瞬間、ぱあああぁ、とルスティの顔が輝いた。

 

 

 衛兵にギルドハウスへ案内されている間、ルスティはずっとスキップを踏んでおり、一行は少し引いていた。
「こちらになります。ご自由にお使いください」
 衛兵が指したギルドハウスは、閑静で日当たりの良い街外れにある、大きな建物だった。外観を見るからに、メンバー全員が個室を持っても余るほどの部屋数がありそうな家だ。
「これでもう宿賃を払わなくていいし、他のお客さんに気を遣って寝泊まりしなくていいし、道具だってタダ置いていけるわーっ! あー、持ち家万歳!」
 ルスティはきゃっきゃと飛び跳ねながら、中の様子を見て回った。
「それにしても、こんなに大きな家、本当にお金も払わずに使っていいのでしょうか……」
「いいのよぅ、だってワタシ達の働きが公国の助けになっているんだもの。対価よ、対価!」
 戸惑うアーベントに、ルスティがリビングのソファでぴょんぴょん跳ねながら応えた。
「確かに、英気を養える場所があれば、冒険への士気も上がるだろう。有難く使わせてもらうことにしよう」
「そうだな。……本当はさっさと個室へ行きたいが、サクラもまだだし部屋を決めるまでは暫くここにいるしかないか……」
 ヴァルムとカルトも、一先ずはリビングに荷物を下ろした。
「個室は外からも鍵をかけられるから、留守中にプライベートを覗かれる心配もないわよ。鍵は冒険者ギルドで預かってて貰えるし、迷宮で落として失くしちゃうこともなくて安心安全!」
 それを聞き、カルトはほっとしたように胸を撫で下ろした。ルスティも、彼がギルドメンバーにも私事を見せたくないタイプであると察していたようだった。
「ルスティさん、詳しいですね……?」
「ギルドハウスを持ちたくて、色々調べたからね~。これで仕送りを増やせる……!」
「仕送り……?」
「おっと……なんでもないなんでもない。あ、サクラが来たみたい。多分、衛兵からここを聞いたのね」
 玄関からの足音に気付いたルスティが、サクラを迎えにソファから降りる。その様子を、アーベントは微笑ましげに見つめた。
「ルスティさん、とっても元気ですね」
「ウホウホ」
 《ベオウルフ》の一件以降、泣きそうな顔をしていることが多かった彼女が、元気になって良かったと、アーベントとフォルティアは頷き合う。
「でも……」
「ウホ?」
(でも、ぼく、ルスティさんの事、何も知らないな……。サクラさんの事も、カルトさんの事も……。ヴァルムさんは、故郷のことを話してくれたけど……)
 冒険者には、過去のない者、過去を消したいと思っている者が少なくない。それは、冒険者となったばかりのアーベントでも、サクラやカルトを見ていれば、察することができた。
(だけど、仲良くなるのに過去は必要なことじゃない。そうだよ、ぼくだってなんで世界樹の入り口にいたかわからない状態だったのに、ルスティさん達は受け入れてくれたんだから)
 寂しさを振り払うようにアーベントは首を横に振ると、フォルティアと手を繋ぎながら、自身もサクラを出迎えに玄関へ向かった。

 

 そうして、その日は部屋割りなど様々な決め事をし、初めてのギルドハウスの個室で、夜を明かした。